「帝王学」とは

帝王学とは、組織の創成から始まり、それを代々受け継いでいく為の専門的且つ総合的な人間学です。

区分けをするなら、「創成」「守成」に分かれています。



読んで字のごとく、創成を指します。
新しい物、新しい価値をゼロから創っていくことです。
それは、国を建国する、会社・組織を創成するという事で置き換えられます。
現在でいうところのマネジメント、成功哲学なども含まれます。



多くの人が帝王学だと思っているのが、この「守成」の方です。
元々、王家・皇族など伝統ある家系・家柄などの特別な地位の跡継ぎに対する、幼少時から家督を継承するまでの特別教育がこれが相当します。
それを現代に置き換えると、企業経営者や政治家など、人々のリーダー的な立場にある方、もしくはそれを志向する方たちが
それにふさわしい見識や振る舞いを身に着けるための学問と云えるでしょう。

具体的には、マネージメントスキルや部下を指導、教育する手法などに限ったものではなく、様々な分野における幅広い知識を身に着け・経験する事を通じて
真のリーダーとしてのとしての人格形成を行うためのトータル的な修練をも含みます。

帝王学と聞くと、多くの方たちは、先ほど述べた様な家系や血族的な伝統を守るための古典的、保守的な教育というイメージを持たれるかと思います。
しかし、「NEXT」の提案する帝王学は、決して保守的なものではありません。

「NEXT」の帝王学は、新しい時代に向かって組織の革新を求めるリーダーの方々に対して、
100年先をも見据えた発展的な「守成」を提案いたします。

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「マインド」とは

「マインド」とは「心」です。
自分の信念や、想い、志などといった精神の事です。
全ての人の根本がここにあります。想いから考え方が生まれ、それにより行動が生まれ、そして結果に至る。この順番は断じて変わることはないのです。
最近は「心」が取り残され、技術やテクニック偏重が目立ちます。それを証拠に多くのビジネス書や自己啓発本が、1つの事をそれぞれ独立したものとして取り扱っています。やり方や方法から至った行動は、一時的なもので終わってしまいます。

例えば、「コミュニケーション術」などがあります。確かに行動する前よりはいくらかよくなるのでしょうが、根本から変えていなければ、必ず元に戻ってしまいます。「話し方」「話の聞き方」「表情の見方」などをいくら教えても所詮はまがい物、すぐに見破られてしまいます。コミュニケーションに関しても、テクニックの前にその人の「心」が伝わると言う事が完全に抜けているのです。


良いも悪いも伝わる心
「ありがとうございます」の一言でも、言う人によって印象が違うはずです。
「あ、この人はただ言っているだけだな」と言う印象の人と、「こちらこそ有難うございます。」とこちらが言いたくなってしまうのとでは、まるっきり違うのではないでしょうか。
これこそが、「心」が伝わると言う事なのです。その他にも、絵画や写真に関して、それぞれの専門家が作品には「魂」「心」が宿ると言って非常に重視し大切にしている方が多い事でもよくわかります。

このように「心」や「想い」、それに伴って形成される「志」や「信念」と言うものは人格の最も根本に位置しており、それを差し置いてテクニックだけを身に付ける事は本末転倒と云えるでしょう。

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「帝王学」+「心」=「帝王学マインド」

「心」という大きな土台が安定していてこそ、そこに様々な技術を積み重ねることができるという原則をおろそかにしては、持続的な成果や発展は望めません。
故に、物事のスタートは「心」から、「マインド」からだとNEXTは確信しています。

そしてこの『リーダーの「心」構え』という「マインド」と、総合的なリーダー理論としての『帝王学』とを関連付けて、『帝王学マインド』と呼んでいます。

歴史の中の叡智から導き出された、本物の指導者の実践法である『帝王学マインド』を、組織の発展を通じてこの国の未来を想う、
多くのリーダーの方に役立てていただきたい。そしてまた、どんな細かいご相談にも「心」を持ってお応えするあなたのアドバイザーとして
支え、お手伝いさせていただきたい。

それが私共「NEXT」の願いであり、正しい社会的貢献の形であると信じております。


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トップに必要なものは、

今も昔も変わらず、人格である


それを証に多くの成功者、成功哲学などでも繰り返し紹介されています。

例えば、「マネジメント」のドラッカーもその本の中で最も必要なものは、「真摯さ」であると書いています。また、松下幸之助も「謙虚」を大切にしています。

荀子は原理原則として、この言葉を残しています。

「源清ければ、則ち流れ清く、源濁れば則ち流れ濁る」

流れの始まり、つまり、源が清ければ、流れている水は当然清いものだが、源が汚れていれば、流れは当然汚れているんだ。ということです。

トップの行動こそ、正にこれが求められるところです。

他にも
・経済的に危ない時よりも、人材的に危ない方がよほど恥である。
・治にいて乱を忘れず
・どんな職業であれ、人を知らずして成功なし。
・人事の話ではない。
・社内で公平な選挙が行われ、それを以ってして社長が決まるわけではない。故に古今東西、会社は最もトップの能力に依存する。
・偉大な先人がつくった組織というシステム、役職というシステムに守られる情けなさ。
・トップこそ最も身を慎まねばならない。

このような、先人の知恵を是非活かして頂きたいのです。



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